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展示会という旅
(ひと、歴史の惑星のあいだをとぶ)
展示会はわたしにとって生活の糧を得る場でもある。私の作品を待っているひとびと。はじめての客。ここではゲストであり業者でもある。指定された場所に服達と待っている。
「こちらの方は舞台衣装をデザインして活躍おられるデザイナーの先生なんですよ」と紹介されるが、デザイナーなるものを見たこともない人にとって、わたしの存在はというより、すがたは興味もあり恐ろしくもあるのだろう。ヘぇーッと不信な表情でこちらをうかがう。「私には関係ない。」とひと言のたまい別のコーナーへ。きっと心の中で(なんで、活躍しているデザイナーがこんな田舎に来てるのや)なんて考えているだろうな。と微妙な気持ちで鉄のような後姿を見送る私。
まるで、おきゃくさまをえらんでいるように感じられるかもしれないが、そうなのである。刺繍のボレロを作るのに一体どれほどの時間と神経をついやしただろう。図案にも深い意味をこめてこの作品を着られる方が、こころから美しくみえるようにと祈りながら描いた一点ものである。それを、そのあたりの流行ものと同じにしか見えないのなら、価値がわからない客は見てもいいけど、着るひつようないというのが、正直な気持ち。お客様は神様である。しかし、業者は奴隷でも家来でもない。これが私のスタイル。
展示会にはじつにさまざまな人々がやってくる。考え方も、年齢も、体形も、売る人間を見下すひと。とても丁寧なひと。品のある人。優柔不断のひと。さっぱりしたひと。派手な人。素朴な人。ときには障害のある人。誰一人おなじではない。しかし、ふしぎにも土地柄はある。デザイナーと紹介されながら、無視されたり、ばかにされたり、感激されたり、わたしの心情をつかんでゆすぶりを入れられるとき、自分の立場をかんがえさせられる。どのようにして自分の矜持をたもつことができるか。それは作品を創造している時とは、対極の時間。
それがある日こんなことを思ったのだ。今 わたしのかたわらを過ぎてゆく客は、人生という時間の詰まった星。そのひとだけの歴史。美しいものを見ても、何も感じないのも、展示会というだけで警戒しているひとも、いい刺激と喜んでいるのも結局その人間のこれまでの生き方。世界で現在も起きている命の危機の悲惨な状況を思うとき、生きていることそのことの価値をおもうのだ。それは無限のチャンスを抱いている命の尊さ。わたしの好き嫌いではない、別の観点からそのひとをみる。そう私にはかれらが、星に。そしてわたしも星。そう思うと私の心は自然に全ての客にたいして優しく接することができるようになった。
出会いにはさまざまなかたちがある。展示会は3日から4日という本当にかぎられた時間にうまれたひとつの宇宙。時空にあつまった星たち。そのなかで私という星と相性のいい星が出会う。もしもその出会いさえ運命とするならば。ふたたび愛する服たちに語りかける。さあ、いくよ!
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