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ごろり寝返りを打つふるさと
少し歩けば、見えてくる、立ち並ぶ工場群。幼い頃と変わらない風景は同時に炭鉱で活気に満ちた若い街を思い出させます。そして、どこか淀んだような空気が流れ、まるで社会から忘れられたような今の中心街。しかし、ここにきて少しずつ動き始めた、若者達のブティックが増え初めているのだった。気がつけば少年だった私たちも半世紀を生きる年齢になっている。街は生きている。時代を呼吸している。そこに住む人間達の切実な思いがある。愛情という言葉の甘さでは表現できない、生き残る強さ、したたかさ。
街をゆっくりと歩きながら感じていた。宇部という名の中年の男。しばらくよこになって休んでいたけれど、ようやくごろりと寝返り打って再び起き上がろうとしているような。そうあって欲しいと、私が思っているのだろう。2年前、市民フェスティバルで障害者と健常者、老若男女をモデルにショウをした。皆がボランティアで、文字通り市民参加の市民のための宇部の街に捧げたショウだった。それは、翌年も続いたけれど、今年は「時間も場所もない」のひと言で終ってしまいました。始めての故郷、宇部での公の場でのショウでした。その最後に「私は自分の生まれた街が、どこをみても幸せしかない。そんな街であって欲しいと願いこのショウをみんなと創りあげました」と、語っていた。その思いは今も変わりません。そして、これからも・・・・・・・。
(宇部 山口)
(リリック 東京)
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