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黄金週間の絆とコレクションと
前半は母親が所属する句会の総会に出席のため上京。「せっかくだから、美術館を見たい」とのリクエストに応えて、ダヴィンチ、モネ展、ついでに牡丹園、話題の東京ミッドタウン、表参道ヒルズから銀座までを一気に巡ったのだった。親子三代の道中はいろいろな話題が飛び交うが、移動の時間に母が語る私が生まれる前のエピソードは亡くなった父親との夫婦のことであったり、祖父母のことだったり。
私がこうして芸術に対して偏見を持たず、受け入れていけるのもこの母親のおかげでもある。ふと、止めどなく話をしている母親の姿を見ながら「宝箱」だと思ったのである。今、母が語っている話は母がいなくなれば誰の記憶にも残らず消えて去ってしまうもの。それが他愛ないものであっても「私」の存在には必然だったもの。こんな気持ちにはなったのは始めてである。生きる、生き続いていることは、また生き抜いてきたこと。生きることの大変さを少しは身にしみてきた自分にとって、一人の生きる先輩として母親に感謝している自分があった。そして、これから未来に向かうわが子の行く末と自分が何を残せるのかを考えている自分。空は快晴、雲ひとつない美しく澄み切った初夏の空だった。
後半は家族の時間。神奈川県二ノ宮にアトリエを構えるWhoさんを訪ねる。
あちらは家族全員が彫刻家、陶芸家という芸術一家。ふとしたきっかけで知り合いになり、ご子息と花嫁の結婚衣装をお創りした。本当に静かで竹の葉ずれの音だけが空を渡っていく。Whoさん手作りの料理をアトリエの庭でいただく裏山は全山竹林。初めての竹の子掘りに私も妻も子どもも力が入る。考えてみたらこんなにゆったりとした家族だけの時間をもったことがあっただろうかと考える。私がわが子にできることのほんの小さなことは、私の仕事で生まれ心で繋がった多くの人脈と多彩な環境に彼を連れて行き、見聞を広めさせていく事だろうか。
人影まばらなホームを夕日がオレンジ色に照らした時間、ベンチに座っている母と子の柔らかなシルエット。私は青い山の稜線を眺めながら優しい歌を口ずさんでいる。
私にとっての文字通り「黄金週間」が終わった。
「ファッションショウと思ってきてみたら、全然違う豊な時間が在った」と言葉を戴いて、「やはり、私らしくしかできない」と実感する。毎回ですけど・・・。やはり、ここにきてオーナーデザイナーというのは経営、創作、冷静な分析と自由な発想の両面に秀でなければいけない。けれど、それがまだまだ修行が足らずできないのが現状です。 にも拘わらず、まるでコレクションに引き寄せられるように素材や、人が集まってくるのです。私はリリックという会社を美の神から任せられていると信じています。だから、会長は美の神。私は雇われデザイナー兼営業部長でしょうか。常に変わらないテーマは「自由」。コレクションは商品販売の為だけの宣伝の機会だけではなく、スタイルを通じて訴えるメッセージでもあります。20周年を迎えた最初のコレクションは20数人で満席のギャラリーでした。最後の回、一点、一点スタイルについて解説する私の胸に20年の月日の出来事が去来して。挨拶で図らずも流れた涙は、新しい出発の決意の涙でもありました。 繰り返し、繰り返す「美には力あり」だから、勇気をもって、また船出します。
(橘月 東京) |