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祈りと灯火と歌の華
石山寺の御仏はどのお顔も優しく、美しい。名前ばかりを幼いころから聞いていたこの寺に、私自身もこのような形で訪れることができたことを幸いに思うのです。紫式部が「源氏物語」を綴ったであろう部屋は本堂に建物の中にありました。夕暮れに何十人ものボランティアたちが、広い伽藍のあちらこちらに無数といえるほど置かれた蝋燭に灯をともしてゆきます。昼間の暑さがゆるやかに周囲の森に吸い込まれていく頃。コンサートは始まりました。
「人のためではない、御仏に捧げるために。このコンサートを祈りとして捧げたい」という思いは、松田さんも私も同じでした。同じ時間に他の場所でもイベントをしているために、「もしかしてお客が来ないかもしれない。」という心配も私たちには問題の外でした。衣装の後見として手伝った私は、コンサートの間、本堂の御仏たちの御顔を仰ぎながら響いてくる彼女の声や、伴奏の音楽、聴衆たちの明るい反応に拍手を聴いていました。平和の時間に身を置けばおくほど、この星のどこかで繰り返される悲劇を思い。この幸せな時間と心がどうか、その人々へ伝わっていくようにと祈っている自分です。彼女の声は本堂を抜け、森を抜けてはるかに見える町々へと広がっていくよう。そして、本堂には立ち見もでるほどに、人々が集っているのでした。
(滋賀・石山寺)
龍神か涙か
控え室では雨が止み始めたと、スタッフが怒涛のように舞台に集まり、音響、照明、オブジェのセッティングが始まります。足元は砂利のためにそれほどぬかるんではいません。が、それでも衣装が濡れることは心配で。結局、私も後見のような形で参加することに。Y.P.O.(YOUNG PRESIDENT ORGANIZATIONという、50歳までの企業社長による国際的な組織)の主催。実はこの企画は世界的なモデルであり、衣装デザインなども手がけていた山口小夜子さんが出演することになっていたのです。しかし、突然亡くなったために、急遽、親友の我妻マリさんにお話がきたのだとか。そして、そのときにマリさんが「衣装は時広さんのものを」といわれたそうで、今回の参加になりました。私がモードジャーナリストの時から小夜子さんはお知り合いであり、マリさんは私のコレクションにも参加していただいたことがあり、2つの作品集にも登場していただいています。その意味でも不思議なご縁を感じながらの今回のお話、心に感じるところがありました。さて、雨はまた降っています。そして迎えた24日本番の朝は雨も上がり晴れ間も見えていい感じ。午前午後と他の打ち合わせを済ませて、車で向かう昼過ぎから再び雨が・・・・。今度は終わるとも知れない雨。本番は8時半から、大鼓の大倉正之助さん、活け花の勅使河原茜さんも到着。大倉さんは「大丈夫、止みますから」と断言。そうはいってもこの雨。控え室で待っていると、スタッフから「7時半のぎりぎりまで待ってだめなら中止にします」と。演出家からは「時広さんに、衣装があめに濡れてもいいかどうか、聞いて欲しいといわれたとか」で別のスタッフが伝言を運んできます。もちろん、「大丈夫です!」私は平安神宮の神様に奉納したいと願っているのですから、よしんば衣装が使い物にならなくなっても構わないのです。
と、8時過ぎ雨が小止みなったということで、それ!とばかり会場に向かいます。会員の社長たちやカクテルドレスを着た夫人達も、傘をさして会場入りしています。雨は止み大倉さんの力強い大鼓が神社の境内にまるで木霊のような反響を響かせている。やがて、マリさんの登場。白絹の巫女のような衣装に幻の藍と呼ばれる「甕のぞきの藍」で染めた光を含んだ淡いブルーのオーガンジーのガウンをはおり、夜風にふわりとなびかせながら、光と竹のオブジェの中を歩んでいく。その間わずか3分。
控え室に入る頃には、再び強い雨が降り始めたのです。夢のようなというにはあまりにも短い時間。雨のために費やした膨大なエネルギーを思い、私は「誰一人願わなかったこの雨は龍神の技、それとも涙」と思いを巡らしていました。それでも、やることができたことが凄いと思うのです。丁度、同じ頃、京都の神泉苑でのイベントが雨で中止になって悔しいと出演予定だった笛の奏者から連絡をもらったのは翌日でした。今、思い返してみるとあのイベントで心残っているのは、華やかな舞台ではなく、雨の中、傘を買いに行ったり、私たちゲスト出演者の飲み物を運ぶために廊下の端のコーナーで、ずーとにこにこと笑って立っていた若いスタッフたちの姿だったり、この子達のためにも何としてもこの舞台をやり遂げたいと願っている自分を知ったのです。
あの雨が止んだわけは、もしかしたら誰の目にもつかない、そんなことにも一生懸命につとめている彼らの純粋な心に、どこぞの神さまが応えてくれたのかも。今私はそんな風に思えてなりません。
(京都・平安神宮) |