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「静」の時間
ここのところ、旅に出ていません。旅に生きる自分は、不在ゆえに、仕事がアトリエに山積していたことも知っています。しかし、あちこちと移動しながら何かをこなすことは、ある種の爽快さを伴っています。アトリエは私の世界であるし、基地でもある。心地よさもあるけれど、〔旅〕が無いことが、私の人生の時間を澱ませる。時に鬱々とした気持ちになるのです。
遠藤周作の〔死海のほとり〕は、高校生の時に読んだ本です。思春期の誰もが感じる異国的なものへの興味。見えないもの、永遠への憧れと、キリスト教、特にカトリックの世界の独特の世界観は今の私の美意識だけでなく、精神に深く影響を与えています。この本を30年ぶりくらいに、フッと手が伸び読んでみると、あの頃、父親くらいに感じていた二人の登場人物は、現在の私よりも随分と若く、また文章そのものが深い実感を伴うのです。歳をとったと読みながら自分自身の流れた年月を考えました。様々な出会いし、経験をして気がつけば半世紀を越えて生きている。このアトリエにいれば世界も一緒に年をとっていきます。年齢を感じるものは存在しません。しかし、外の世界では、テレビや舞台、新聞、雑誌で活躍する人間たちが徐々に自分より、若くなり、子どもの世代から、孫の世代へと移行しているのが分かります。自分の自覚以上に年を重ね老いること突きつけてきます。同じ内容を話して、「しっかりしている。」と言われた時代はとうに過ぎ、今は「当然」話せる歳となっています。時の流れの残酷と思ったり、自分と家族の明日を心配したり、今まで考えたこともない現実的な自分に唖然ともするのでした。拠り所のない人生。何を見てもどう見ても、視野を広げれば広げるほど「不毛」の文字が浮かんでくる世界と自分。若いこと、知らないことの強さと生きることの弾力。羨ましいなあと、まるで人生を引退したような気持ちが湧いてきます。
私は、今、秋の舞台の美しい衣装を創っています。これまでも、その時、その時、喜びと感謝をもって創ってきたつもりです。しかし、この衣装は特別な意味をもっています。原点に帰る衣装。歳を重ねたからこそ生み出すことのできる衣装です。「美に力あり」そのことをもう一度信じさせてくれると祈りながら創っています。創ることで私の中に甦ってくる力があります。
去年ぐらいから、私のパフォーマンスに出演してもらっている若いダンサーが兄妹と一緒にアトリエを訪ねてきました。初めて私に会う二人に私の世界をと、手に取ったのがた23年前のリリック10周年記念コレクション「祝福」。私も久しぶりに観ました。
タイトルの映像の後にサブタイトルが「戦争と差別を憎み、平和と芸術を愛する人に捧ぐ」。フィナーレで、モデルやパフォーマーだけでなく、スタッフを紹介すること。最後に「このコレクションは美と芸術を愛する人々の協力があったからこそ実現しました。」と挨拶するスタイルも内容も。観終わった20歳台のダンサーは、「時広さんが表現したいことは本当に昔も今も変わらないんですね。」と感想を述べます。私も自分が何か「芯」みたいなものの表現を追求してきたんだなあと。23年前の映像に映っている人々には、今もお付き合いが続いている人、あの時だけの出会いだった人いろいろです。沢山の出会いの連続だったなあ。冒頭の遠藤周作の文章を証明し実感することができる年齢の私がいる。そんな東京の「静」の時間です。
(八月 東京) |